本格的に勉強はじめるドストライクな時期
すでに始まっている人もいるでしょうが
この○○忙しい時期が終わってからというのは悠長
最近ここでは本格的に勉強しようとする場合の話が多かったですが
やり直しにもちょうどいい時期
なんせ、テストの間隔が長いですから
高校生にはいろんなコースを用意しています
ちょっとでも気にかかったら
ご相談ください
できるだけ、対応させてもらっています
中学生生はこれからやっかいな単元が始まります
そろそろと思ったら
ご相談ください
本格的に勉強はじめるドストライクな時期
すでに始まっている人もいるでしょうが
この○○忙しい時期が終わってからというのは悠長
最近ここでは本格的に勉強しようとする場合の話が多かったですが
やり直しにもちょうどいい時期
なんせ、テストの間隔が長いですから
高校生にはいろんなコースを用意しています
ちょっとでも気にかかったら
ご相談ください
できるだけ、対応させてもらっています
中学生生はこれからやっかいな単元が始まります
そろそろと思ったら
ご相談ください
知らぬものに畏れを抱くのは何かしらの知があるからで
恐れをいだくのは無知だから
だそうで
「知」とは知識の「知」かそれとも知恵の「知」か・・・・それとも・・・
未知の脅威は恐れるしかないけど
無知の脅威はやっかいだ
https://www.youtube.com/watch?v=zOAPG-kEcbQ
面白いと思うこと
どうも、耳にする話がまともそうな方が多くて・・・・
信じられないような現実というのも嘘みたいな誠かもしれない
浪漫
格好のいい表現をすればそこに通ずるかも
そしてそれが自然科学の醍醐味かも
このボタンを押せば結果が決まっているようなことは
安心かもしれないが・・・・つまらない
そして子供たちの能力ってそんな面白さがある
ただ、何もしないで想像するのは無理
どうも、力の入った○○が増えたと
笑えることが多いから、少し本音
四月が始まりだとすれば今月が6っか月目
数えようにもよるが・・・・半分
これまでの成果が少しづつ現れてくる頃
九月、十月は楽しみ
そういえば収穫の秋というのは
こんな意味を含んでいるのかも
どうせ与えられた時間は同じ
ここからさらに充実した時間を過ごせればいいなあと思う
いろいろとしたいことはある(個人的なことだが、これはブログなので)
どれだけ実現可能かは自分次第
なにしても楽しい秋
楽しむことに決めた
けれど、ほめ方って難しい
たいしたことないことで褒められてもうれしくないだろうし
なんでも褒められたら、馬鹿にされたような気にもなるだろう
そんな瞬間をじっと待っている
その子がやり遂げた瞬間
その瞬間はとっても少ないけれど
でも、そこでまた大きなステップを踏んだことにもなる
誠に、子供たちは面白い
大きなステップを踏んだら
また次のステップが待っている
ところで、ほめ言葉しか言わない人って信用できない・・・・私だけ?
小学・中学は義務教育だから住んでいる地域でほぼ決まってしまう
そこで、高校は自分で選ぶことができるのだからと少し力が入る
その結果かどうかはわからないが、そこが最終目標になってしまう
別に問題はない
で、そうではない人に向けて
高校の先を目指す人は高校から考えるというのあるだろうが
その前に準備をし始めたほうがいい
少し先をを望み見るというのを考えてはいかがか
そういった意味を込めて
今日からエクストラコースの時間を始めます
将来に対する夢を抱くひとのために
先を進むのはもちろん
いずれ必要になるようなことを盛り込んでいく予定です
問題にもよるのだが
図とかグラフを利用すると容易に解決できる場合がある
小学生に真っ白な解答用紙を与えると
まず先に問題番号を書き込む
解法よりも値を重要視するから?
中学生になっても、解法ではなく、値だけをノートする子がいる
確かに値は重要だ
ただ、学習する過程において考え方を明示できないのは
次に続かない
丁寧に書けと言われているからか
悪魔召喚の呪文のような長い解答を書く子がいる
無駄は省いたほうがいい
なるべく美しい解法(文字ではない)を求めて学習してほしい
あと、文字は美しさよりも速さが大事
ちょっとだけ、数学の学習の話
時間内に解けなければ受験数学は使い物にならない
そんな方法を学んでほしい
嘘も方便
やはり罪なことが多いんじゃないかな
間違いと嘘は違うだろうし
無知と嘘は違う
けれど結果は同じこと
少なくない例としてよく目にする
数学の解答で子供たちのものではない
だから、厄介
ちなみにやっかいな問題を練習するから実意力がつく
それが、求められる問題なのだから
対処する練習は必要
そんなことは皆わかっているんだろうけど・・・・・・
https://www.youtube.com/watch?v=6XjOE3gGs1s
時間の使い方のことです
小学生のころ、学校で時間表なるものを作らされた
疑うこともなく円グラフで書いた
そして、すぐにそのグラフに従って生活することに無理を覚えた
夏休みのその計画は三日も持っただろうか
それいらい、そんなことをした覚えはない
毎日、8時から12時まで勉強する
なんとなくきちんとしているように聞こえる
体育会的な発想(いろいろな観点から)
だいたい、これだけやると決めたことがさらに進んで
もっとやりたいと思ったことはないか?
ない。
だったら、それで結構
あると思った人には話が通じやすい
そなときどうしますか?
そこが難しい
ルーティンを守ることに重要性を感じる人は明日に回すだろう
いや、少し無理をしてもやってしまおう
そんな人もいるはず
どっちが正解なんてこともなく
それをやり遂げることを遂行する人間をほめたたえたい
さあ、24時間
どう、やりくりするか
それも自由選択
言い換えるなら信じるもの
これによって価値観は変わる
環境や経験によって培われるこの信教のようなものが
努力する熱意に変わる
幼子に「よくできたね」とほめる
幼子はそれが正しいと認識する
ほめた人間が幼子にとって信頼する人間ならその刷り込みは強い
そしていうことをきかないと嘆かれる子供も
実は信頼する人間をきちんとなぞっている
子供たちは大人の嘘を簡単に見透かす
特に信頼する大人のことは
だから、嘘はつかない
本心で接する
きれいごとも社会の詭弁も言わない
それが子供たちの近くにいる大人の役割の重要な一つだと信じて
はじめだけいい顔をするなんてことは考えんない
常に長期的に考えて接している