SNSでもしかしたら

量子論を体感しているのかもしれない

とある本を読んでいて思った

いろいろと考えさせられた

休みにはじっくり没頭できる

休みは有意義だ

さて

暑さを体感した今日

夕方には心地よい風が吹いた

なんともいい季節だ

本格的に夏の準備をするのは

もう少し先か

おそらく

改革が必要なんだろうな

何に関して?

それはもちろん教育改革

やり方を変えるんじゃなくて

目標を変えるのがいい

こうすれば子供たちにわかってもらえる

なんていうのは論外

もっと打算的でいいかと

子供の目線になって

なんていうのは

小学校低学年まで

大人は子供を引き上げるのが次の役目

なんだと思うんだけど

なんか

逆のような・・・・

どうすればいいかという愚対案はある

過激的なので

ここには書けないけど

話しちゃうかも

工夫

うまい方法はないかと考えること

あるいはその方法

工夫しておかしくなる場合もある

数学の解法において

工夫(違うかもしれないが)は必要なことだと思う

もっとうまい方法はないか

と考え問題に対峙することを続けると

それは大きな成果をもたらす

なんとなくなぞってということの繰り返しは

それなりに

ということかな

解法なんて問題によっては多数ある

工夫することの大事さを知った子は

あれこれ考える

この習慣はいい方向に向かう

間違いない

夏のはしり

そんな一日

実際の気温よりも

体感で夏の気配がした

体育祭も行われるようだ

普通が戻ってきたかもしれない

一番遅れているのは

おそらく意識というやつ

とらえどころのない意識というやつ

意識が高い

意識がない

・・・

でもこの言葉を使おう

意識だけがまだおびえている

あるいは遅れている

あるいは退化した

そんな意識がまだ動いていない

と感じる

まさかこのままということもないだろう

あっ

室内でも話をしないならマスクはいらないということになったらしい

ゆえに

マスクは外しません

 

書かない勉強には疑問しかない

ある教師の話によれば

板書したものを書き写すことができない子が増えたことが原因

でも

どうなんだろう

それって

・・・・

どうなんだろう

すでに

同じ場所で勉強することが無理になっているのでは

教育というのは

子供に近づくのではなく

引き上げるのが本筋だと思う

古いとか新しいとかという論議ではない

やらなければならないことはやらねばならない

おかしなことが正論になっている恐怖

それを感じている

 

学年や年齢にとらわれるのって

おかしいと思うんですよ

そんな時代はすでに終焉

別に早いことだけを謳っているわけではなくて

6歳じゃなくても8っ歳から小学校というのもありかと

中学三年を四年で終えるというのも

いずれはどうにかなる個人差というのは

子供の頃は特に顕著だと思うんです

遅いからとか早いから

などという差異を差別しなければいいだけの話で

そこいらに寛容が必要だと思うんです

中学生がオリンピックで勝つ時代

勉強だけ年齢通りというのは

やはり無理が生じていると考えます

当塾ではその辺は気にせず進めます

コースにもよりますが

呪縛とか同調圧力にとらわれないことを

応援しています

なぜそうするのか?

特にこれは高校数学からは考えることをお勧めする

地域的?

レベル的?

には小学生。中学生でも必要な場合がある

もちろん

そのころから習慣にしておけば

高校数学に戸惑うことも少なくなるのだろうが

・・・・

いろいろあるが

ここでは高校生からそのようなものに触れることは多いだろうから

それなりの

勉強改革は必要なわけで

それまでと同じように学習していてはとん挫するのが

火を見るより明らか

現実に対峙している人は

考えてみてほしい

どこかで

不幸な出来事が続いている

人々に夢を与えているスーパースターが活躍している

自分の夢に向かって準備している

そんな今

自分のできることをひたすら進める

それは楽しいことに違いない

そしてそれは過去も子らからも変わらぬことに違いない