神無月も最終日

一年の周期がが始まり四月、終わりが三月という生活を長くしていると

あと5カ月という意識の方が強い

センターまで二ヶ月半とか

二次試験まで四カ月とか

高校入試まであと、四か月ちょっととか

子供たちの顔に真剣身が増すのもこの時期

受験生にかかわらず、なぜかこの時期には真剣になる子が多い

じっくりと冬期間をすごし

やがて必ずやってくる春を迎える

そんな時期でもある今

「思い立つなら今」

各学年の復習もはじまりかけている

さあ、一緒に頑張りましょう

一日早かった

it

 

ワンナップ

ONE UP

の表現が最近耳に心地よい

CMでの話だが、そういうことってあるんだよな

とうなずいてしまう

小さな壁でも自分の力でたたき壊せば

何かが開ける

悪の道にすすむのでなければ、いいことだなと思う

些細なことでも、勇気を奮って立ち向かう

おぜん立てされたものではなく

自らの感性で

もちろん、学習でもたくさんある

頑張っただけの結果を求めるというのは間違いか?

ケースバイケースかな…と思いませんか

結果を求めない努力というものもたくさんあるでしょう・・・・が

ここでは、学習の話

特に受験

だったら、合格するような学習すればいいですね

受験勉強は修行じゃない

打算的というのは言い過ぎかもしれないが

でも、やはり自分の努力にはそれなりの結果を求めてほしい

 

集中するって思っているほど簡単なことでは・・・・

オンとオフを使い分ければいいと思うんですよ

ずっと、オンのままだと疲れてしまう

数学の場合

長くて三時間かかるテスト(高校生)

薄い集中は・・・・・ね

勉強って結構体力勝負なところがあるんで

だらだらやってもあまり効果は望めない

だったら、短時間に集中してやった方がいい

慣れれば集中時間も長くなる

じっとしてまじめ顔をしているのが集中じゃない

勉強は・・・を使うんだから

見た目じゃない

 

今週はずっと雨マーク

秋の長雨というものなのかは判断できないが

ひと雨ごとに寒くなるこの時期

これも四季を楽しむというのは

これも楽しむということなのだろう

通塾にも厄介なシーズンに突入するが

体調を崩さないように、気を付けてください

どんなことをしても、体調を崩さない人もいるわけだから

いわゆる老婆心

で、本題

寒くなれば、家屋の中にいることも増える

ということは・・・・・

暑い時というのはどうも顔の力が抜けていることが多いのですが

寒くなると・・・・

という感じです

親御さんたちにも送り迎えの手数をかけることになりますが

子供たちの頑張りに私も精進します

やがて来る春に向けて

準備のシーズン到来

こうすれば・・・・・

まだとがっていたころ

(知人に言わせればまだとがっているといわれそうだが・・・・)

経験ということに敬意を払うことが少なかった

そして自分が経験を積んでわかったことは・・・・

たくさんある

人生の半分以上もやっていると

どんな意味においてもベテランということになるだろう

子供たちをWATCHしていると

彼らはこちらに経験値があることを知ってか知らずか

一生懸命自分をよく見せようとする

別に悪いことではない

ただ、「ばれてるよ」

といいたい

それに気づいた子はすべてをさらけ出してくれる

その方が指導しやすい

経験値が長年やってきたことによる最大の強みだという一端

もちろん、問題の解法だってそう

大学受験までに使うことを頭の片隅に置きながら指導している

小学生、中学生、高校生で呼び方は変わるが区切りはない

したがって、ここまでやっておけばということもない

幸いなことに高校生まで続けてくれる多くの子たちは

その年齢になるまでにはそのことを理解してくれる子が多い

短期ではそれほど考え方は伝わらない

もちろん個人差はあるんですけど

 

thank for your mind

ときに、まっすぐ直進してしまう癖があるので

なるべくそうならないように心がけてはいるのですが・・・

親御さんのご理解があって成立しているということを考えてしまうと

その分、子供たちの尻を叩いてしまう(例えですから)

長い間通塾してくれている子供たちは次第にそのことが分かってくれているのが幸い

通ってくれることにめんどうを感じなくなってくれることは非常にうれしい

そして、それもみな親御さんのご理解があってからこそということを忘れないようにしている

何だか堂々巡りのようだが

それが教育の一端であるとも理解しているつもり

子供たちが進化していく姿をみているのは

本当に楽しい

そして、ご理解していただけている親御さんたちと通塾してくれている子供たちに

あらためて、感謝している

平均という危うさ

数日前に書いたことを言い換えると

こうとも言える

偏差値だって一概に語ることはできない

母集団によってすでに基準は変わってしまう

ちょっと見方を変えてみれば、わかってもらえると思うんだけど

なんてことを思ったりする

妄信でも盲信でも危険に変わりはない

でも、そうすることって楽なんだろうなと想像したりしたりする

過ぎ去った時間はとりもどせないけど

これからの時間はいくらでも有効利用ができる

すべてを効率的にというのではない

そんな息苦しいのはまっぴらごめん

非効率なほうがいい場合だってあるだろう

H・Gウェルズの話が現実にあればいいだろうが(過去にはいけない?)

今、こうしている間にも時間は過ぎていく

その時間というものをどうとらえるかなどという命題を投げかけているわけではない

頑張れるのは未来に向かってのみ

過去を修正するのが好きな人もいるけど

それは・・・・・くだらない