出すぎた杭は不安になる

今、目の前にある大きな障害をどうするか

それを克服することが可能ならいろいろ策を講じる

それが明らかに不可能なことなら笑ってごまかす

ところが子供たちにとっては不可能なことは限りなくゼロに等しいい

時間があり余裕があるからにほなならない

ただ時間の使い方が問題

同じ轍を踏ませるかどうかは

大人にかかっていると思う

誰しもがあらゆることに全力を尽くすことが正しいとは思わない

何が成功で何が勝ちで何が満足させるかはわからない

ただ

頭の片隅に学力を欲するという例は大部分を占めるようだ

それに反して

いろいろと道を示しそれがゆえに迷子になる例は枚挙にいとまがない

そういった意味で

高校生、中学生になったとき最初に決めるのが部活というのもおかしな話で

志望校を決めてからというのが

学力を求める人間の選択順ではないか

部活も勉強の一部だ????????

部活は学校の一部だ

これなら少し納得がいく

以前とある教師にどうしたらあの子たち(うちの塾生の複数)を言うことを聞かせることができているかと問われたことがある。塾でも反抗的ですか?とも(ちなみに成績は優秀)

うちでもおとなしくいい子にしてますと答えた

今なら答えても時効だろう

それはあなたを子供たちがなめているから(乱暴な表現だが)

これは一例だ

子供たちは飼い犬と同じで順列をつけるのが早い

(飼い犬が一番小さい子より自分の方が上だと思うのだそうだ)

さて学力を欲する人の話に戻る

心?頭?の中で思ってもそれに専念する人は少ない

いわゆるマイノリティだ

それが周りに倣ってとうのはそもそも無理がある

よってさらに孤立化する

おかしくはないんだといってあげたいが

声が届くかどうかは疑問だ

押し並べて均一化しようとする教育はいかにもスーパーマーケット的で

そこに違和感を覚える子供たちはいかに多いか(あくまでも想像よりは)

チャレンジしろと口にはするがしようとすると阻み

夢を持てと言いながら一列に並べることを強いる(はみ出し者は許さない)

勉強ができるなてことはほとんどの場合

言うことを聞いてきちんと勉強しただけのこと

極々たまに学ばなくてもわかる人間がいる

おそらくコンマのあとに0がいくつも並ぶだろう

いい?高校、いい?大学に進学したから頭がいいと思いたいのだろうが

どうなんだろうと思う

実際そのようなところに進学した人は

自分ができたことをできなかった人を劣っているとは思っているようだ

こんなこともできないのか

といった具合に

間違っても自分が優秀だとは思っていないのだそうだ

思っている悲しい人もいるかもしれないが

そんなのを気にしてもしょうがない

スポーツとか芸術とは違う

ただそういった子供たちでも不安になることがある

そういった子たちの味方になってきた

これからも・・・・

周りに味方がいないのはとてもかわいそうだと思うが

目の前にいない子にはどうすることもできない

これは笑ってごまかすしかできない例

 

投稿者:

zyukutyou

青森市で学習塾を経営かつ指導しています 数学ならというキャッチフレーズに恥じない結果は出していると思います 趣味のことなんかも書きたいと思ってはいますが、書きません。 と言うことで、青森、学習塾、無限塾で気にとめていただけたら・・・

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です