今更感もあるが・・・問題は今もなので

-ゲーム依存が怖いのは。

 「日常生活の中心がゲームになり、現実世界がしぼんでいく。ゲーム仲間と競争や協力をするうちに、自分の役割ができ、ゲームの中での人間関係が強くなる。現実の生活に戻ろうとしても、勉強に付いていけず、友達もいないなど、ハードルが高すぎて簡単ではない。さらにゲームに逃げ込むしかなくなる」

「中高生の場合、昼夜が逆転し学校に行けなくなる。成人では高額をゲームにつぎ込む人が多い。さらに進むと、学校や仕事をやめるなどして将来に大きな影響を及ぼす。単なる『ゲームのやり過ぎ』で済まされる話ではない」

-ゲームの何が問題か。

 「オンラインゲームの仕組みに問題がある。アップデートを繰り返し、永遠に終わりがない。連続してログインするとボーナスポイントが与えられる仕掛けや、スマートフォンに表示される広告、定期的なイベントの開催など、依存させる仕組みがたくさんある」

-脳の病気というが。

 「脳画像などを分析した海外の研究で、依存症の人は理性をつかさどる前頭前野の機能が低下していることが分かった。アルコールやギャンブル依存症の人の脳でも同様の傾向が見られる。また、快さを感じる神経伝達物質ドーパミンを受け取る受容体(タンパク質の一種)が減少していることも分かっている」

「前頭前野の機能が落ちれば、ゲームをやりたいという衝動や欲求のコントロールが難しくなり、悪循環に陥る。受容体の減少は、ゲームでドーパミンが大量に分泌され、それまでのゲームの仕方ではわくわく感を感じられない『報酬欠乏』状態になっていることを示している。満足感を求めて、より長く激しくゲームをして依存が進む」

「依存症の人はそうでない人と比べて、キャラクターや広告などゲームを連想させる物を見るだけで、脳が過剰に反応することも判明している」

-依存しやすい人は。

 「久里浜医療センターの研究で、(1)ゲーム時間が長い(2)ゲームを肯定する傾向が強い(3)男性(4)ひとり親家庭(5)友人が少ない(6)衝動性が高い-などがリスク要因に上がっている。またセンターにかかる患者の4割ほどが、うつ病などの精神疾患を併発している。発達障害の一つ、注意欠陥多動性障害(ADHD)の傾向がある子どもも多い」

-一生ゲームを絶つしか治療の道はないのか。

 「依存症は、ゲームの過剰使用によって不登校など何らかの『明確な問題』が日常生活で起こっている状態だ。ゲームの優先順位を落とし、仕事や学業などを一番にする。明確な問題がなくなることが大切で、ゲームから完全に離れる必要があるわけではない」

-専門的な治療ができる医療機関が少ないとも聞く。

 「そのためセンターに患者が殺到している。2カ月ごとに新患の予約を受け付けるが、希望者が多すぎて1割ほどしか診察できていない。多くの当事者と家族が難民状態になっている。専門家の育成と医療態勢や相談窓口の充実が急務だ」

-文部科学省がスマホの小中学校への持ち込みを解禁する検討を始めたり、eスポーツが盛り上がりを見せたりと、ゲームがより身近になっている。

 「『eスポーツの選手を目指している』と話す患者が親に連れられ受診している。生活はまさに依存そのもの。『プロになるため』という言い訳で依存状態を正当化し、回復を妨げている。eスポーツがゲーム依存を助長している側面があることは否めない」

「学校へのスマホ持ち込みは非常に強い危機感を持っている。『いつでもどこでもできる』が依存助長の大きな要因だ」

-依存症の予防には。

 「オフラインの時間を毎日設けることが大切だ。学校への持ち込みを認めたとしても、校内ではしっかり使用制限しなければならない。校則などで一律に使用を制限できる学校の役割は大きい」

「アルコールやギャンブルと違い、ゲームは幼児でも始められてしまう。しかしゲームに触れるのが幼ければ幼いほど危険性が高く、数カ月で依存状態に陥る小学生も少なくない。治療も困難を極める」

「スマホやゲームを与えるのは、遅ければ遅いほどいいと考えている。子どもだけでなく、親や教師への啓発や教育が必要だ」

神奈川県横須賀市)の樋口進院長(65)

だそうだ。

それはわかっているという保護者の方が多いと思う

問題はどうやって辞めさせるかだが

これはおそらく個々によって違う

だから問題なんだよという意見が聞こえてきそうだ

友人と話題の共通性のためにやる子だっている

それをやらなければ仲間に入れないとか

これも簡単なことではない

そういったいろいろな誘惑はたいていの場合学校で学ぶ

そこに悪意は存在しない

さあ、話が回転し始める

卵か鶏か

そうしてパラドックス(答えがない)に入り込む

ジレンマではない(矛盾する答えが二つ)

パズルにするのが正解(答えが一つ)

子供たちが巻き込まれる厄介なことはジレンマが多い

身体も鍛えろ

芸術を愛せ

勉強もしろ

なんてこと

勉強しなくてもいいからスポーツを頑張れ

勉強なんかしなくいいから芸術を極めろ

と言ってあげればジレンマはなくなる

でもそうはいかないようで

間際になって突然勉強は大事だと言い始める

成績はあがらない

さあ子供たちはそれのどっちを優先するかというジレンマに入り込む

どうしたいかは子供に任せている

本当にそんなことは言えるのか

話を戻す

誰がそのゲームを買い与えたのか?

そしてだれがそれを勧めたのか

投稿者:

zyukutyou

青森市で学習塾を経営かつ指導しています 数学ならというキャッチフレーズに恥じない結果は出していると思います 趣味のことなんかも書きたいと思ってはいますが、書きません。 と言うことで、青森、学習塾、無限塾で気にとめていただけたら・・・

「今更感もあるが・・・問題は今もなので」への2件のフィードバック

  1. ここ数日のエントリーを興味深く読みました。
    eスポーツに関しては私もかねてから問題を感じておりました。身体に問題を抱える人のためという側面はありますが、多くは健常者がプレイしているのが現実である中、リアルなスポーツと同列に扱おうとするメディアや社会には大いに疑問があります。
    ロックミュージックがどうあってもクラシックとは同列に扱われない(どちらが上かということではありません)のと同様に、eスポーツなるものもテレビゲームに過ぎないのだという認識を、社会が改めて持つべきと考えます。

  2. 同感です。
    変化させるときには慎重さが必要ではないかと。
    市民権を与えるこのような例の場合は特に
    「いいじゃないか」という意見が危険な方向に向かわないことを願います。

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