成せばなる成さねばならぬ何事も

出典はわからないが、古い言葉?になってしまった

けれど、意味は今でも通用する

何かをしようとするのにはタイミングとか転機があればいいと思う

時期的には適した秋

ついつい流されてしまいそうになる日常を、しばし振り返ってみる

毎日が同じわけがなく

つまらないと思うのは自分自身の問題だと気付く

誰にも期待されてないなら、自分に期待すればいい

誰かに期待されているならそれは幸せなこと

0に収束しないように自分を奮い立たせる

そんな秋

https://www.youtube.com/watch?v=ub1W5YtDR1Q

ちょっと勉強の話を

子供たちの希望(志望)は千差万別なので

大きく分けて書いてみることにする

高校受験を目指す、いわゆる中学生にかんして

中学生になった時すでに志望校をきめている場合がある

自分の夢を抱いて高見を望む人間と身近な人間がいったからという場合

市内にはいくつも学校があるわけだから

そこを目指すための努力をするわけだが

その志望校に関する情報が乏しい場合が少なくない

こういった場所に書ききれるものではないのだろうが

学年が進むに従って、その想いと現実が乖離していくこともまた多い

下方修正の場合も上方修正の場合もある

高校は大切な時代を過ごす時間であるわけだから

いろんな成長といろんな夢を抱く時間でもある

現代においては、その次というものを考えるのがむしろ一般的だ

したがって、少し先を考える必要がある

大学に進学を目指す(大学も千差万別)なら、それなりの高校を目指せばいいだろうし

専門学校に進学する場合もまた然り

高校卒業で就職しようと考えている人も同様

つまり本来ならば、そのための高校選択はそれなりに意味をもつ

そこで、必要なことの筆頭に「情報」をあげたい

一度入学した高校を入り直すということはなかなか困難だろうから

吟味は必要なこと

いろんな筋から情報をいれることが大事

ここで、もっとも冷遇されている高見を目指す子たちに

学年で区切られたことをなぞる必要なはない

できたら、全教科と言いたいが、一番時間のかかる教科は数学

英語もと言いたいが、暗記教科は高校からでもどうにでもあるだろう(もちろん、全くやらないという意味ではない)

英語が受験の主体だという話が流布されているが・・・・・

自分でやれないなら、相談してください

もし、やれるなら情報の収集はお忘れなく

安易に周りに流されることのないように言上させてもらう

いつか高校生に向けても

 

万能薬

これがあればとっても喜ばしい・・・・んだろう

ところが、この言葉は幻想

ないんだろうと思って間違いない・・・・と思う

そんなことは知っているのに、どこかでそれを望んでいる

学業に王道なし

これは、開塾当初から謳っていた文句

そして、思い立つなら今

これも開塾当初からのモットー

何を信じ、何に従うかは当人の考え方

まるで尾崎豊の歌の文句になってしまいそうだが

ラクな方法なんてない。少なくとも勉強には

かといって、漢字練習に時間を費やし、答えを写すことに時間を費やす

そんな勉強をしている子たちがかわいそうな気がしてならない

口を開けて餌が運ばれてくるのを待っている巣の中の鳥のような勉強の仕方は

・・・・・・・

他人に委ねるのではなく、自ら進んでという意識

これが、足りないような気がする

誰にかって?

オールモスト

どうもしばらく天気は悪いらしい

もし、次の台風でも発生したらさらに続くかもしれないらしい

だからどうするということもない

どうでもいいのではなく

なすすべがないだけの話

だから、さし障りのない話としてよく交わされる

そこで、なすすべがある話を

さあ、勉強しようか

なんだって、いいんだろうと思う

こんな勉強に適したシーズンはない

何をやったらいいか、わからない?

だったら、話しかけてみてください

一緒に模索しましょう

https://www.youtube.com/watch?v=zMVUou5bRPE

雨の歌探してたら、こんな昔の奴

ちょっと想いとは違うけど

 

ないものは何

よく話題に出てくることの一つに

「青森には何もない」

という話になる

では、なにがないのか?

これにはいろいろな意見がある

どうせないのなら、作ってしまうというのはどうだろうか

青い海、青い森、青い空(順番はこうだったか)

これだけで、人は集まらない

個々がないと思うものを作り出してしまうのはどうか

何もないというのは、なんでも可能であるという発想にしてしまうのは

あまりにも、突飛かな

GREAT BLIND MAN

数少ない尊敬する人物の中で盲目の方がいた

いろいろと言葉をいただいたが

その中で

「思い切り突っ込んでもいいが、逃げ道は作っておけ」

と言われたことがあった

恐れを知らない若かった頃

その意味は分かっても納得はしなかった

やがて、年月を重ねた今

やはり、同じである自分がいる

他の言葉は今でもいくつかは覚えているし

やはり、ある意味師であることに間違いない

けれど、やはり納得ができない

ましてや、若い人たちにそんなことを言える勇気はない

ふと、そんな昔のことを思い出した

何かを学ぶことをメインとして

進学するということにはいろんな意味を含む

ただ、共通するのは何かを学ぶために行くことに間違いないだろう

社会勉強だけに時間を費やす人もいるだろうし

専門知識を身につけるために(医学とか芸術とか・・・)

皆それぞれの目標があるのだろう

ただ、いかがなものだろうか

アカデミックなことに浸る時間であることに間違はないんじゃないかな

そんな話をする機会が少ない環境にある現在

自らが探し求めるしかない

したがって

そんな話をする機会はとても楽しい

いま、そんな時間を過ごさせてもらった

そして今日一日、思い出し笑いをさせてくれた

かつてのクラスメイトに

https://www.youtube.com/watch?v=BU_2HWYL_Ag

 

青春時代

今日、ふとしたきっかけで高校時代の同窓会の写真を見る機会があった

そこにいた、昔を知る人たちの姿がちらほら

懐かしいと思う前に、その変貌ぶりに笑いが止まらず

今日はずっと思い出し笑いが続いた

前髪を垂らして格好をつけていた彼らが

掻きあげる髪の毛どころか、髪がない

こうして書いていても、その姿を思い出し笑いが止まらない

その頃の自分と同じような年頃の子たちと触れ合っている今

きっと、彼らも青春を謳歌しているのだと

ふと、原点に戻ることができた

まだ見えぬ将来に不安を抱きながらやみくもに頑張っている

彼らに、あらためて応援したい気持ちが大きくなった

当時はやっていた曲を

https://www.youtube.com/watch?v=rdcyyTLaJWw

ヤバイ、しばらくは思い出しただけで笑える

その次に何をするのか

大きな目標を立てる

それが実現しそうになる

そうしたら、次は何を目標にするか

常に次を考え続ける

やることが無い←やる気がない、あるいはやる気力が無い

漠然と一人で静かに考えてみる

何をしたいのか?自分は

もちろん、少し先の目標

自分が意識しなくとも、頭の中では何かが動いているものらしい

何かいいことがあるかもしれないという期待、予想

それをどうにかして自分にもたらせればいいんだろうな

なんて思ったりする

https://www.youtube.com/watch?v=uSR5A–rSOs

いろんな目標がある

職業上、受験に関してに限ったところで話を始める

同じ高校受験でも

同じ大学受験でも

一口で言ったら同じに聞こえるかもしれないが

全く違うと言っても過言ではない

老婆心ながら、早く実状を知ってほしい

いや、知った方がいいと思う

それによって、いろんな余暇を過ごすことができるか

それとも専念するかが決まってくる

つまり問題の選択の時点から異なるのだ

もっと細部を言うならば

どこまで、理解するか、いやしなければならないかが違ってくる

小学生から必要を感じて頑張る子がいる

総体まで頑張ってから、道を進み始める子がいる

みな、それぞれ

それが、自分の進みたい道に合っているなら

それが、目標なら

他人が口をはさむ余地はない

でも、一言付け加えるなら

今の日本は、勉強しないで済む将来ってだいぶ狭まれるんじゃないかな