多分、勉強が大事だと思っている人は多い

けれど、後回しにする人も多い

なんでなのか?

つまんないから?面倒くさいから?・・・・

いろんな理由があるんだろうけど、早く始めた方がいいのにと思う

受験勉強なんて道具に過ぎない

ただ、その道具を使いこなすのには時間がかかる

個人差はあるだろうけど

いや、いや教育というのは・・・・・

矛盾

もっとストレートに話をしたい

なんだか呪縛があって、そうもいかない

けれど、面と向かってならいくらでも言います

勉強っていうのは受験という形容が付かないものも含めればいつまでも続く

解答をつくるときに

数学の解答はどうやって書くか

中学の場合は多少乱暴でも入試では解法を問われないので

どうでもいいと言ってしまえば乱暴かもしれないが

やがては進んだ問題にチャレンジしなければならない人は多少は気にした方がいいと思う

よく見たこともないとんでもない方法で解く子がいるがその理由のほとんどは○○で習うようだ。困ったものだと思うがそうやって書かないとマルをもらえないなどという乱暴な事態になるのでかわいそうなことだ

高校でも同じ事があるが、分別のある子はその奇妙さに気づいてくれているようだ

ここでセンターの解法で注意するのは、高得点(180以上)を狙う人はショートカットして解答をつくる

平均点(120点程度)を狙う人間はまったりとした解法でもいいのだろう

一問に15分かかるのでは高得点は狙えない(偶然を除く)

まあ、30分から40分程度で全問解き終わるのが普通だろう

問題集の解答・解法を全部書いているようならそんなことは無理

あっさりと書けばセンターの場合はそんな感じで

次は二次試験の話になるが、これは少々変わってくる

問題によってもいろいろとあるので一概には言えない

それはいつかにする

無理なら、できないという言う正直さと勇気を持ちたいと思う

ネッ、Mr、T

 

やり遂げる勇気と捨てる勇気

今、自分が目指す目標に向かってまっしぐらに向かっている人

それをやり遂げることに努力し続けることは理解されやすい

では、同じことを途中で断念することはどうか

どちらの決心も同じぐらいの勇気が必要な気がする

正確には大きくなり続けるというのが正しい気がする

最終的に自分で決めれば、決心がつく

人に決められたら悔いが残る

秋というのはいろいろ考える時期

今年も残りほぼ25パーセント

前向きに進みましょう

 

 

 

 

今はこれをするときで、今はあれをする時なんて言う輩がいるけどそんなものは自分で決めればいいのにと思う

 

一日に何時間やればいいのか

「できるだけ」これが答え

でも、本当は一日に・・・なんて問いに答えなんかない

自分が納得するまでやればいい

そして自分がやらなければならない勉強というものもある

ノルマをこなすことに終始して、自分に必要な勉強をしない

これがヤバイ

宿題を大量に出して指導の代わりにするなんてもってのほか

子供たちはそれに解答を写すことだけで時間を無駄にする

理解するよりも、埋めることだけに必死になる

さらには「一人勉強」なる意味不明のノルマ

やっておけばいい

これが根底にあるのか

どうも疑問が尽きない

まあ、要領よくやっている子供たちもいる

そんな子供たちは大抵成績もいい

要領よくというのは、まじめにという意味ではない。テキトウにという意味だ。このテキトウというのは適当な語句を入れよ。の適当ではない

時間を費やして一枚か二枚、きれいな字で埋めている子たち

ほめられるかもしれないが成績は振るわない

理解できないことのひとつ

本来は一人一人によって違うはず。それが無理だとしても成績上位の人間と下位の人間とはやることが別なはず

いつも思うのだが、「誰のための」これがどうも・・・・・

子供たちがかわいそうに思う

特に盲心的にやるマジメ?な子たちが

ステレオタイプはこうして作られるのかと妙に納得する

 

 

 

現実逃避

逃避という表現が少々いやだがそのまま使う

どうも、理解しがたい事にあまりにも増えると

何かに救いを求めたくなる

救いというか没頭したくなると言った方がいいか

没頭する物が何かということはあえて言わない

脳は眠っていても動き続けているらしい

したがって、思考を止めるということは無理なことのようだ

よって没頭という表現に入り込む

よく単純作業がそれに適しているという話も聞く

頭の動きを止めるのが無理なら、考え続ければいい

他のことを

集中するということは、その時間を楽しんでいるということに他ならない

たまには雑音に耳を閉じて没頭するのもいい

小刻みに区切られた時間は辟易する

シルバーウィーク(当塾には関係ないが)没頭してみてはいかがか

勉強からの逃避もあるかもしれないけど

勉強への逃避だってあるはず

 

 

曖昧

この言葉のどんなイメージを抱くか

正直、あまりいいイメージはない

けれど、この曖昧という言葉で世の中はうまく動いているような気がする

したがって、ものによってはそれほど悪いことではないのかも

どうでもいいというのとは違う

どちらとも決定でいない・・・ジレンマのようなもの

受験に曖昧さを目指すのはお門違いだとはいっておきたい

曖昧な知識でも答えが出る問題のレベルだってたくさんあるんだろうけど

言語教科なんてそのあいまいさが顕著かな

受験数学で曖昧さを求めないのなら、当塾にどうぞ

懐かしすぎか

ルール

これに、倫理観が加わるとややこしくなる

けれど、やはりルールが勝つ・・・ようだ

人工知能はやがて人類を滅亡させると

かの天才ホーキング氏が警告を出している

だから、機械的には何でも決められないんだろうけど・・・

こうやって、ぐちゃぐちゃやりながらが

人間という生き物には合っているのだうか

やはり、あそびの部分というのは必要なんだろうな

https://www.youtube.com/watch?v=a5pLxlckun8

選挙権が18になる前に、こういった姿を見せておくべきなんじゃないかな

学校で

答えが無いことを教えるのも教育なんだと思うから

今日の一番のニュースの話

問題選択

練習するときに迷うんですよね

問題集と言わずに問題としたのは意図的なんです

例えば、A、B,Cなんて具合に一冊でもわかれているものもあるわけで

限られた時間でどれを練習するのか

実際、難しいモンダイです

百歩譲って、センター対策というならそれほど違いはないんですけど

長月も半ば、神無月もすぐ

なんていうといろいろと焦るでしょうが

まあ、今頑張れることを落ち着いて頑張るのが

一番でしょうから

自分で判断するか、助言を求めるかして

頑張ってください

顔を突き合わせている人には、頑張りましょう

いろんな願いを込めて

さて、秋はいろいろと面白い

数年ぶりに稀人に会った

いろんなことに持論をもち、次々と話は続く

文学に精通し、自らも筆をとる

しばし、楽しい時間だった

過去を振り返るということにそれほど重要性を感じない自分ではあるが

ふと、最近疎遠になっている人たちを思い浮かべてみた

どうしているかということは、あまり興味はない

ただ、成長しているかも知れない互いを確かめる時間がほしいとは思う

話をしてみたいと、ふと思った

来るものは拒まず

これが、当塾の方針の一つ

そして、私を理解する人たちはそのことを知って、顔を出してくれる

先程、ふとホームページを見返していたら自分の名前をどこにも書いていなかった

あわてて、トップページに載せました

小笠原雅裕です

懐かしい人はもちろん、当塾になにか引っかかった人もアクセスしてくれたらと思います

話をすることで何かが生まれるような気がします

電話とかメールでも伝えることが可能な事はあるでしょうが

やはり、顔を突き合わせて互いの表情をみて話すほうが、意思が通じやすいと思います

長々と言いたいことが、あふれ出るのも秋がさせるのかもしれません

でも、なるべく饒舌になる前にこのへんで

 

 

大学進学を考えている人に

現在、一年か二年かそれとも三年か

三年の場合はほぼ選択は決まっているはずなのでそれに向けて、見あった努力を続けて頑張れ

二年の場合はかすかに見える大学の存在にまだ遠いのだと勘違いしないように

一年の場合は、流言飛語に惑わされずに今からしっかり

と、まあ綺麗事を並べればこんなところか

具体的に書いてしまうといろいろと問題が生じる恐れがあるので

このへんにしておこうかな

いや、それでも

やはり・・・・・

まあ、やる気のある人は方向性を間違わないでね

と、このぐらいにしておこうかな

話はかわって、今信じていることが全く嘘だったら

ぞっとしませんか

私はぞっとするし、怒りに変わりますけど

受け入れちゃうのかな