お間違えなく
29日もお休みです
今年も半年を終えようとしています
新年の思いは今も続いていますか
後半戦
お休みの終わりとともに
始まります
お間違えなく
29日もお休みです
今年も半年を終えようとしています
新年の思いは今も続いていますか
後半戦
お休みの終わりとともに
始まります
そんな一日
実際の気温よりも
体感で夏の気配がした
体育祭も行われるようだ
普通が戻ってきたかもしれない
一番遅れているのは
おそらく意識というやつ
とらえどころのない意識というやつ
意識が高い
意識がない
・・・
でもこの言葉を使おう
意識だけがまだおびえている
あるいは遅れている
あるいは退化した
そんな意識がまだ動いていない
と感じる
まさかこのままということもないだろう
あっ
室内でも話をしないならマスクはいらないということになったらしい
ゆえに
マスクは外しません
ある教師の話によれば
板書したものを書き写すことができない子が増えたことが原因
でも
どうなんだろう
それって
・・・・
どうなんだろう
すでに
同じ場所で勉強することが無理になっているのでは
教育というのは
子供に近づくのではなく
引き上げるのが本筋だと思う
古いとか新しいとかという論議ではない
やらなければならないことはやらねばならない
おかしなことが正論になっている恐怖
それを感じている
おかしいと思うんですよ
そんな時代はすでに終焉
別に早いことだけを謳っているわけではなくて
6歳じゃなくても8っ歳から小学校というのもありかと
中学三年を四年で終えるというのも
いずれはどうにかなる個人差というのは
子供の頃は特に顕著だと思うんです
遅いからとか早いから
などという差異を差別しなければいいだけの話で
そこいらに寛容が必要だと思うんです
中学生がオリンピックで勝つ時代
勉強だけ年齢通りというのは
やはり無理が生じていると考えます
当塾ではその辺は気にせず進めます
コースにもよりますが
呪縛とか同調圧力にとらわれないことを
応援しています
特にこれは高校数学からは考えることをお勧めする
地域的?
レベル的?
には小学生。中学生でも必要な場合がある
もちろん
そのころから習慣にしておけば
高校数学に戸惑うことも少なくなるのだろうが
・・・・
いろいろあるが
ここでは高校生からそのようなものに触れることは多いだろうから
それなりの
勉強改革は必要なわけで
それまでと同じように学習していてはとん挫するのが
火を見るより明らか
現実に対峙している人は
考えてみてほしい
不幸な出来事が続いている
人々に夢を与えているスーパースターが活躍している
自分の夢に向かって準備している
そんな今
自分のできることをひたすら進める
それは楽しいことに違いない
そしてそれは過去も子らからも変わらぬことに違いない
発明の母
なんて言葉がある
やはり必要性を考えることは大事
なのだと感じる
必要も感じないのに勉強なんてするわけがない
などというと
暴言に聞こえるかもしれないが
外れてはいないだろう
いくら周りが大事を唱えたところで
本人がどう思うかというところが
大きな影響を及ぼすのはご存じの通りだ
そんなことを考えずとも
やる子はやるのだが
おそらく
それは少数派
まあ
もしも勉強させたいのであれば
その必要性を説くというのも
一つの方法かもしれない
と感じている
日記をつけているわけではないので
記憶だけだが
あの雪から
天気か崩れるのは週末というのが多かったと思う
今週もまたそのような予報
さて
よく思うことがあるのだが
多数の益が勝るというのは
疑問がある
というは・・・・
難しい話になるので
表現力に乏しい自分は
ここではやめておく
で
ある意味マイノリティに属する子たちの応援します
彼らにとって
取り巻く環境は
あまりにも残念だ
から
勉強時間の確保をするというのは乱暴に聞こえるかも
けれど
区切るほど機械的にできないものもある
なんの根拠もなしに
~時間勉強するという方が
乱暴な気がする
勉強って
そんなものだと思うのですが
いかがでしょう