ちょっと勉強の話を

子供たちの希望(志望)は千差万別なので

大きく分けて書いてみることにする

高校受験を目指す、いわゆる中学生にかんして

中学生になった時すでに志望校をきめている場合がある

自分の夢を抱いて高見を望む人間と身近な人間がいったからという場合

市内にはいくつも学校があるわけだから

そこを目指すための努力をするわけだが

その志望校に関する情報が乏しい場合が少なくない

こういった場所に書ききれるものではないのだろうが

学年が進むに従って、その想いと現実が乖離していくこともまた多い

下方修正の場合も上方修正の場合もある

高校は大切な時代を過ごす時間であるわけだから

いろんな成長といろんな夢を抱く時間でもある

現代においては、その次というものを考えるのがむしろ一般的だ

したがって、少し先を考える必要がある

大学に進学を目指す(大学も千差万別)なら、それなりの高校を目指せばいいだろうし

専門学校に進学する場合もまた然り

高校卒業で就職しようと考えている人も同様

つまり本来ならば、そのための高校選択はそれなりに意味をもつ

そこで、必要なことの筆頭に「情報」をあげたい

一度入学した高校を入り直すということはなかなか困難だろうから

吟味は必要なこと

いろんな筋から情報をいれることが大事

ここで、もっとも冷遇されている高見を目指す子たちに

学年で区切られたことをなぞる必要なはない

できたら、全教科と言いたいが、一番時間のかかる教科は数学

英語もと言いたいが、暗記教科は高校からでもどうにでもあるだろう(もちろん、全くやらないという意味ではない)

英語が受験の主体だという話が流布されているが・・・・・

自分でやれないなら、相談してください

もし、やれるなら情報の収集はお忘れなく

安易に周りに流されることのないように言上させてもらう

いつか高校生に向けても

 

今、やってるのは何の対策?

定期テスト、高校入試、センター、二次

いろいろあると思います

勉強は勉強だから同じというわけにはいかないと考えます

三年は、中学生も高校生も入試対策だろうと勝手に判断します

ここ青森の公立入試は480以上を取るのは少し厄介ですが高得点を目指すのならそれほどでもない

センターも一教科に限って言えば同じでしょうが総合で見ればやはり厄介

二次は志望校によりますから・・・・

当たり前のように受け取られますが

何種類もの教科の総合点で決まるというのは疑問を感じますが

制度なんでしょうがいない

さて、受験生に限らず今一年や二年のみなさんも

まだまだ時間があるからなんて余裕をもたずに頑張り始めた方がよろしいかと

もちろん、志望校と自分の成績によりますが・・・・

それぞれの対策の詳細はここによって違うので一言では言えません

ただ、早めの準備はお勧めします

暑さも峠を過ぎ勉強に適した気候になってきました

スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋

なんでも秋をつければ成立します

三年は当たり前として、二年生はこれからが勝負時

頑張りましょう

https://www.youtube.com/watch?v=IP12rw3i1gg

人は高みを目指す

人という言葉を総称してしまうのはいろいろ問題なのは踏まえて

それでも、あえて

高さの違いはそれぞれあれど

そのための努力をしようとしている

スポーツなんかだと、地方大会からさらに上

文化部だって同じ

もちろん勉強も

趣味としてやっているなら、それもありだろうが

多分若い子たちは純粋にその高みを目指しているように思える

ここで批判覚悟で言ってしまえば

「二兎追うものは一兎を得ず」

いや、いや、あれもこれも頑張ればいい

なんてことは言わない、いや言えない

中途半端な結果を共にもたらすだけ・・・・

がほとんど

目指すならとことんというのはプレッシャーになるのかな

でも、中途半端な一生懸命っていうのは理解できない

青春時代が無尽蔵にあるなんて幻想は

年寄りのやっかみ

軸にしたいものは一生懸命高みを目指してみない

想いが重なるなら

一緒に頑張りましょう

他のいろんな例にもれず

勉強も先んじた方が有利

勉強だけ、学年通りっておかしいよね

しばらく暑いみたいです

暑いと判断力が鈍くなる

鈍くなるという表現が適切でないなら散漫になると言ったらどうだろう

高校受験をする人はあと七カ月

大学入試をする人は六カ月

まだという人はそれにあと年数をプラスすればいい

どの段階に向けて話すかということでおのずと変化するわけで

今回はまだ、数年以上ある人たちに

三者面談とか行われている

すでに終了した人も多いだろう

さて、進路指導は受けただろうか

たいていは学校での生活態度などの話をするらしいが

なんで、この時期からそれをしないのかが不思議

三年になってから間際になってああだこうだと言われても・・・

生活態度も大事だろうが、すぐ先にやってくる

自分たちの進路を真剣に考えない人はいない、いや少ないだろう

時間があればどうにかできることをほったらかしにする

あるいは後回しにしない方がいい

進学なんてどうでもいいと最後まで言い切れる人は

それはそれで素晴らしいとは思う

だから、そうではない人たちの話

「もっと早く来ていれば」

と言われることはよくある

そう思うが、いかんせん決定は向こうなので苦笑いするしかない

簡単なことは言わない

目指す目標が高いなら、高いほど

早くコンタクトをとってみてください

小学生だから小学生の勉強

なんてことはない、受験は早めの対処が勝利に近づく

当たり前か

大々的なアドはできませんが

ささやかな、アドバイスです

どうする?

何かをしようと志をもってから準備をするのは遅いのか?

準備だけして志をもたないのはおかしいのか?

外国語の学習は大事だという言葉を否定する人はいない

けれど、外国文化を知らずに挨拶だけできるような外国語は?

あるいは、伝えなければならないコンプレックスな感情を表現できないような外国語は?

いわゆる、選択肢を与える前に予備知識を与えないのは

与えない方が悪いのか?

それとも、知ろうとしない方が悪いのか?

なぜに勉強するのか?

なぜに進学するのか?

そんな選択肢だって子供たちには与えられている

けれど、それを判断するだけの知識は与えられない

それゆえに子供たちは現実を前にして、妥協を受け入れることを強要される

いろんな矛盾が交差する中で、その選択肢すら自分でしなければならない

(親に任せているなんて言うのも少なくないが)

混沌から秩序が生まれるのは幻想ではないと信じたいが・・・・

経験で全てを学べという人がいる

学習で学べという人がいる

百聞は一見に如かずなどとしたり顔で言い放つ人間がいる

本の中にはいろんな知識が詰まっているという人がいる

さあ、どちらを選択する

可能なものを選択すればいいという人がいる

それを選択するだけの知恵は?

人は信じたいものを信じるという例えに従うならば

生活環境に由来することになる

さあ、子供たちはどうすればいい

今も昔も賢くならなければならないのは自分なのかもしれない

多分、時代は前に進んでいるのだから

いろんな賢い意見を知るにはおそらく本が一番

でも、その選択もある

ゆっくり、しっかり

と進むのは一見正しいように思える

けれど、まずは先まで進んでみるのがいい方法

あまりにも理解しないで進むのは問題ありだと思うが

今、この時点で、まだ数Ⅲを終えていない理系などはいないとは思うが・・・

ゆっくりやれば理解できるというのは大嘘

早いから理解しないのではなく、勉強しないから理解しないだけ

だいたいにおいて選抜試験をして入学しているのだから

もっと、真剣にやった方がいいんじゃないのかな

共に

ついていけないないと判断できるほど努力もしたのなら

ついて行かずに、自力でどうにかするしかない

まずは言い訳を考える前に努力してみるのはいかがか

話は少し変わって

模擬を何度も繰り返すのも大事だが

実践練習をしないと現実が見えない

当たり前の話だが、来春受験する人たちはすでに志望校の問題を

みているはず

そうすれば、後期の予定も、いや夏休みの予定もたつだろうと思う

当たって砕けろなんていう方法は受験では通用しない

暑く、じめじめした、いやな季節かもしれないが

だからこそ、今頑張ってほしい

不適切な選曲かもしれないが

さあ、進め

受験は団体戦じゃない

 

 

望むものは

それを「夢」と呼ぶにはちょっと

もっと手近に入るものの話

様々な望みについて話すのはいつか

やっぱ、勉強の話

高校でも、大学でも

名前なんていらない、高校だったり、大学だったり

名前の後ろに付いていればいいというのはそれはそれで

(意外に多いよね。特に大学は)

どこでも同じ「学校」というくくりなら、努力はいらない

大学のキャパはすでに希望人数を超えてるんだから

学校なんて何かを目指すための過程なんだと考えれば

望みが見えてくると思う

世間一般の(近所ではない)認識に気をつけていれば

いろいろわかるよ

甲子園に出場するより、いや、優勝するよりはラクな話

全国区、いや、世界も含めて考えれば立ち位置とか望みとか

努力しなければならない程度とか

分かってくるんじゃないのかな

希望から続く延長線上の夢が大きい人たちに向けて

一日でも早い開眼をお勧めします

どこまでも、手助けします

ラクになんて言いません

とっても大変だと思った方がいいですよ

偏差値とか問題の難易度よりも

競う相手がどんな人たちかって考えれば分かりやすいかも・・・・

特に大学の場合は、受験生のほぼ半数が望む大学たちにはそれなりの意味がある

https://www.youtube.com/watch?v=WUBV6ON7ouw

 

夏だ!海だ!祭りだ!

と、一般的な意見を述べた後で

小さな声で「勉強だ」

別に悪いことしているわけではないんだけど

反感の標的になるから・・・・

でも、もう少し大きな声で「勉強だ」

どっちが隙間にやるのかを考えて

遊びだと思うあなた

いかがですか

始めましょう

長期休暇はチャンスです

Let’s rock’n roll!

こんな話は耳が痛いかな?

当塾は言うまでもなく進学することを第一目標にしているわけでして

その他のことを頑張っている人向けではないんです

よく、スポーツを通じて健全ななんちゃらとかいう人たちがいますが

勉強だってそう言った意味では同じなわけです

何かを頑張った人たちにはそれ相応の何かをつかむのではないかと信じています

ただ、頑張るという抽象的な言葉がおかしな同意と捻じ曲げた反意をも生んでしまうようです

極端な言い方をすれば

「自分なりに頑張った」

という言葉は、本人以外には何の意味も持たないということです

いやらしい言葉を使うなら

「打算的な努力をしたら」

と言いたいです

その努力は何に向けて何を目指しているのか

そして結果は・・・・

多くの人は本当はのぞんでいるんじゃないのかな

そんなことはない。あれもこれもして楽しい中学生活、高校生活をおくれればいい

と言う人には「ごめんなさい」と言うしかないんですが

もちろん、どちらもそれぞれの勝手ですから互いが干渉する必要はないんでしょう

勉強が一番しなければならないことだと心で思っているけど

実際の行動に移せていないあなた

一緒に頑張りませんか

でも、こっちは応援するだけです

するのはあなた

もし、時間があるなら一読してみたら

ロシア文学ですから、いろいろと困難でしょうけど

 

 

いろいろと御苦労さま

高校生に

想いはそれぞれの胸中にと言うことで

ここから、三年はそれぞれの道

就職も進学もフリーターになるのも・・・・・

これが、高校生活最後のイベント

まだ祭りを続けたいのなら別

次のベクトルはどっち?

分かれ道

選ぶのは自分、選ばれるのは虚しい