いろんな入学おめでとう

来年からつかわれる教科書検定が発表になった

道徳を教科にするとか、歴史問題をどうとらえるか

なんてことのようらしい

教える人間がどう教えるかということに随分とウェイトがかかる問題だと思うのだが

教育者ではない人間の意見が大きな力をもつというのはなんとも・・・・

でも、専門家の話を聞いていたら、いつまでたっても終わらない話しかもしれない

かつて、同じ教科書で学んだ人間たちがそれぞれの意見が異なるというのは

皮肉でもある

でも、永遠の幸福追求ではないが、教育も改革していくのは少しでもいい方向へと導こうとしている考え方だと思えば、大事な話だ

ただ、やがてそんな問題は教科書ではないもので学んでいくことになるわけで

それよりも問題提起をして、ディベートの時間でも造ったら面白いのに

なんて考えてしまう

何を使おうが、学ぶ人間はしっかりと学ぶし

ごまかす人間はしっかりとごまかす

理解できない人間はいないのだろう・・・教科書なんだから

学校は大事だし、教育も大事なのは当たり前

そこで使うテキストの話がニュースになるのはいい国だと思う

もし、喜ぶなら、この国に生まれたことをその一つに挙げたい

と常々思っている

新しい環境に進めたことをお祝いします

季節の移り変わり

こんなことを感じるのは、若い子たちではないようだ

心配していろいろと準備を考えるのはそうではない人たち

風流じゃないねなんて、うそぶいてみたところで

若い子たちはそれよりも気になることがいろいろある

そのいろいろの中身は個々によって違うだろう

恋、ゲーム、(意外に多い)、友達、友達の視線、友達への対応・・・・

多様化であることが許される現代社会は

どんなマイノリティーにも権利を保障しようとしているのだそうだ

んんん・・・・幸せの具現化されたものの一つの形なのだろう

いい社会だと思う

頑張れば(あえてついていればとは言わない)いろんなことができる

と言うことだろうから

さあ、何をしようか

そんなことを考えさせてくれる春

私は楽しみたいことがたくさん

それが何かなんて、ここに書ききれる程度じゃない

ひとつだけ書くとすれば、知らないことを一つでも少なくしたい

ということがある

知らないことなんてありすぎて困るだろうから、一つでも多くと言い変えてみる

時間がもっとあれば、なんて考えるのはやる気がない証拠

どうやっても、やりたいことは、やりたいことをする時間は作れるはず

そう自分に言い聞かせる

いつまでも、どこまでも人は進化できるのだと信じている

楽しみを人に委ねるのは嫌だから、自分で見つけて、自分で楽しむ

楽しいことはたくさんある。それを次々見つけるように今年も頑張ろう

と、思ったりしている

ちなみに、宇宙論は興味あるけど、宇宙に行ってみたいなんて

現在では思いもしない

新年度

4月に新学期が始まるというシステムがいつまで続くのか定かではありませんが

やはり4月には何かしらの思い入れがあります

入学、進級は四月ですが、入試は2月とか3月

つまり三年間と言うのは「おおよそ」ということになります

何かのきっかけになれば、別に季節や時期は関係ないのでしょう

当塾では春の勉強会もあと一日になりました

単元を一つ終えた学年もありますし

頭を使い続けた子供たちもいます

どうせなら、苦しんで何かしらの効果が出ることを願っているのは

もちろんのこと

筋肉をつけるのも脳にしわを造るのもやり続けないと

なまってしまうことにちがいはありません

努力し頑張った人間に正当な評価が現れんことを

Someone told me long ago
There’s a calm before the storm,
I know;
It’s been comin’ for some time.
When it’s over, so they say,
It’ll rain a sunny day,
I know;
Shinin’ down like water.

I want to know, have you ever seen the rain?
I want to know, have you ever seen the rain
Comin’ down on a sunny day?

Yesterday, and days before,
Sun is cold and rain is hard,
I know;
Been that way for all my time.
‘Til forever, on it goes
Through the circle, fast and slow,
I know;
It can’t stop, I wonder.

I want to know, have you ever seen the rain?
I want to know, have you ever seen the rain?
Comin’ down on a sunny day?
Yeah!

 

好きなだけです

演者が好きなものもあるし、曲そのものが好きなものもある

もっともっとたくさんあるけど

シンガーなら歌える人が好き

プレイヤーならファンタジスタが好き

芸術家はわからない

小説なら造られた話が好き

学者なら専念している人が好き

好きになるなら、自分が成れないなら

せめて一流に触れたい

 

わからないことがわからない

これをどう読むか

わからないことはわからないのではない

何がわからないのかそれがわからないという意味だ

わかろうとしないのは問題外

わかろうとする努力をしようとしている過程

この問題は何がわからないのか

そんなことを考えているというのは進歩の一歩手前

まずは真似てみる

そして、理解できた気がしたら応用してみる

初めから理解するのは困難だし

そこで止まっている必要もない

まずは、真似てみる

そしてまた

わからないことがわからない部分が現れる

その繰り返し

分かりやすいというのはわかりやすいレベルのって意味かも

でも、人はこの言葉に騙されやすい

そしてこれもまた信じたいものを信じるという逃避につながるかもしれない

世の中に役に立つ人間になれ・・・・って

人は生まれた時から人の役に立っている

誕生は喜びを与え、幼子のはしゃぐ声は頬笑みを生む

そして、消費するために生産をし、知恵を譲り渡して見守る

同じ事を繰り返してきた

深く考えなくとも誰でも世の中の役に立っているのだと思う

オンリーワンなんか求めなくてもいいし、無意味だ

人が平等ならばワンノブゼンムでいいだろう

向上心を持つなと言うのではない

それをもつことも同様だということ

小平邦彦だって、アインシュタインだっておそらく自分がオンリーワンなんて思っていなかったようだ

彼らの書籍によればだが

小平邦彦が知らない人は調べてね

人を傷つけるのは話が違う

でも、傷つけずに生活するのは困難だろう

それは、役に立っているのか

生物学的に言えば全ての生物は必然なのだそうだ(ドーキンスによれば)

そんな存在も役に立っているのだろう

許せるか許せないかとは問題が異なる

自然界に存在する物はすべて役に立っているのだと思ったりもする

無理やり造ったもの、自分たちの手に負えないものを造形するのは醜いし不必要なもの

神に近づこうとしたバベルの塔然り・・・・

けれど、進歩無くして未来は存在するのかという考え方もある

もし、自然科学などと言うものがなかったら、原子力(爆弾も含む)は生まれなかったかもしれないと考えられるか

扉の向こうに何かがあるということが分かっているのに開けずにはいられないのが自然科学者なのだそうだ

そして、それは開けてはならないというのが宗教家だそうだ

そして、双方を上手に使うのが政治家

うまいことを言うものだと納得したことがある

それらを超越するのが倫理観

有無を言わせないのがロジック

でも、そんなことをすべて超越するのが無知

だから、社会は楽しいのだと思い込む

皆がフォン・ノイマンだったら世の中はどうなってしまうのか

バラバラでいれることの自由さと価値をもっと有効に使いたいと思う

それでもいいように法というものがあるのだから

質より量、量より質

先日医師会が、医学部の増設に反対するという声明をだした

理由は医師の質が低下していて、これ以上下がったら困るというものだった

ほう、そんなものかニュースを見て感じたのだが

6年間の教育ではそれまでに養われてきた資質を変えさせることができないということなのか

確かに国立の医学部に足かせなしで入学するのは困難なことで、受験勉強に長けた人間たちが集まるというのが通説だったわけだから、

むやみやたらと増やしたら、そうじゃない人間たちがたくさん医師になる機会を得るということなるということなのだろうか

だったら、入学の難易度を下げなければ済む話だと思うが、そうもいかないのだろうか

それにもしかしたらその困った現象がすでに社会で起きているということか

それとも、他に理由があるのだろうか

医学は飛躍的に進歩しているらしい

それゆえ、難しい名前の病気と対処法が細分化されている

医学に暗い人間からすれば、ほう、そんなものかと言わざるを得ない

尿一滴で病気がわかるのだとニュースに流れたのはつい先日のこと

そのうち、医者もコンピューターにとって代わられるのかもしれない

昔、昔「ブラックジャック」という漫画で見たことがある

世の中の進歩はかつてのSFを凌駕するだろう

世の中の進歩は素晴らしい

質より量を求めるものとして、かつてヨーロッパの人口が飛躍的に増えた理由の一つは

ジャガイモが原因だそうだ。たくさんの人に食料を与えることができたからということらしい

そう言えば、教科書が弁当になるというあのCMは衝撃だった・・・・

 

ところで、話しは全く変わって、わが青森県では先生の仕事が激務すぎて手に負えないから

教師の数を増やそうという声があるらしい

氾濫する文字がもたらすのは

どこにでも存在する文字が印刷されたペーパー

ポケットから取り出して触れるだけで流れる文字

背負ったバックパックに詰め込まれた教科書

コンビニに行けば雑誌とともにおかれた書籍

本屋よりも大規模のリサイクルブックストア

さて、一日にどれだけの文字を読んでいるのだろうか

そして、話を聞けない人(耳が不自由という意味ではない)向けに

テレビで表示される画面の文字

どれを選択すればいいのか、何を規範とすればいいのか

難しい

読書好きと一言で言っても趣味の違いは話題の共通性をもたない

皆が同じ本を読んでいるのも気持ち悪い

端末の進化によって簡単に知ることができる現在

簡単にコピーできる現在

確かに、ネットで無料で手に入れることができるのと同じような書籍や

書籍ではわかりにくい情報を提供してくれるネット環境

文字はいろんな影響と無関心を造る

選択する自由

強制される心地よさに浸る自由

疑問をもつことの自由

何かを訴えたいが、言いきれないブログ

フー

この歌詞、子供たちに聞いてほしい

別に大人でもいいんだけど

時間をいかに使うか

一日24時間の中で何をするのか

考えてみれば随分と楽しいことだと思う

何をしても自分に帰ってくる

これも楽しい

やらせられていることはつまらない

「これをやれ」と言われてやるよりは

「これをやらなきゃ」と考えてやった方が随分と楽しい

やりたいことだけやってたら、多分もっと楽しいのだろう

でも、そんな自由を謳歌できる人間は少ない、いやいるのだろうか

でも、どうせならやりたいと思ってやった方が楽しくなるはず

部活だって、勉強だって、仕事?だって

そして、少しだけ打算的になってもいいんじゃないかな

つまり、見返りを求めても

つまりこのやりたいことからボランティアは除く

誤解を招くかもしれないので

何も考えずに没頭するのがセイシュンだとしても

そのあとにすぐセイシュンは終わる

情熱が続けばセイシュンはいつまでも続くだろうが・・・・

この映画知っている人ならたまらないこの曲。

自分が楽しみたいためにこれを選曲

そして、数年に一度時間がたっぷりある時はこの映画を楽しみます

ほかにもいろいろあるけど

時間は有効に使いたいと思っているのは自分自身です