生兵法は大怪我のもと

というのを、また体現しました

私には強い味方がいるので、短時間で復活しましたが

このサイトが数時間アクセスできませんでした

皆さんも、強い味方はいらっしゃいますか

私にはいます

というか持つべきですね(私が自慢することではないのですが)

年月を過ごすたびにそのありがたさがわかります

というわけで

生兵法は大怪我のもと

これって、問題を解くときにもすごく大事

などと言って教訓めいたことでお茶を濁して

今日は「ほっ」としました

強がってこんな選曲

BBC

英国放送協会

ここの番組は多岐にわたる

一流のドキュメンタリーから日本では制作も放映することもないようなコメディーまで

機会があるときにたまに見ることがある

こんなことが放映されるのはたぶん文化レベルなのだろうなあ

などとうらやましくもなる

なんだか、恐怖で常に周りに目を配りフラット?な社会の息苦しさ

なんてことをたまに感じる

周りを見て攻めていれば、それに同調して批難の声をあげ

流行ればいいものだといって疑うことをしない

そんなことが平和の根源だとするなら

それもいいのだろうが

そんな考え方で、数十年前にとんでもないことをしでかした

という歴史も忘れてはいけない

何してもいいじゃないかというわけでは決してない

ただ、意見が一つしかないようなメディアとか・・・・とか

もう少し、許容範囲を広げたほうが楽しいような気がする

いろんな場面で

そんなことに同調する人って少ないのかな

それとも我慢しているのかな

わかんないな

次元が違う

よく、私が口にするのに

レベルの違いじゃない

ラベルの違い

もちろん使い方は違うが

いわゆる似ていて全く非なるものを表すときにふざけて使う

この次元が違うというのは

果たしてどれほど理解されて使われているのか

0次元、1次元・・・・・・・・

同じ単位ではあるが

全く異なる

こういったことって、よくあるんですよ

同じ土俵に乗っているかのようで

その実、土俵とリングぐらいの違うことって

同じ場所で意地になって戦っているのは

つまり、そんなに差がないってこと?

なんて考えたりする

卒塾生に会ってみたくなって

その前に、新年度の時間割を思案しております

一度決定したのですが、変更の必要があって再考しております

中身は近日発表することにします

少しでも変化、そして進歩を意識して日々過ごしています

突然ですが

卒塾生用の連絡ページを作りました

社会人になったり、大学生になったり

これからスタートしようとする前までの期間に接している私としまして

それから、どんな方向に向かっているのか聞いてみたいなと

そんな気持ちです

何かしらで、これが目に付いたら連絡してみてください

本当は差し支えなかったら、会ってみたいですが

そのときに失礼な態度、つまり忘れていたりするような態度を

とったらごめんなさい

それはあなたが立派になったり、美しくなったりしたので気づかないだけです

久しぶりかもしれないので、リップサービス

だいたいにおいて、大人なのに

偏見ではあるが、大人になって人形・・・いやフィギュアなんて

そんなものを眺めて何が楽しいのかわけもわからん

などという気持ちがぶれたことはなかった

・・・・・・が

某サイトでなぜか私にお勧め

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もう少しでクリックしそうになるのを耐えた

なんと可動式だそうで

ウェンブリースタジアムでの衣装

デーオ・・・・

レディオガガ・・・・などと歌ってしまいそうな

中学のころから愛聴していた身としては

なんとも複雑

我慢すべきか、我慢とは何か、我慢は必要なのか

机上に乗ることになるかどうかは秘密として

少しだけそういったものに対して見る目が変わったことは確か

これがアインシュタインだったら・・・・

 

 

批難するわけではないのですが

と始めれば、たいていは批難になる

だから、この話はなかったことにして

楽しくなる子の話をしてみようかと

子供だからどんな対応だって許容はする(ある程度は)

楽しくなる子というのは

まず、一番最初に笑顔を見せる

会話をするときでも笑顔を見せる

そして、やることは真剣にやる

自分の知らないことに興味を示す

たったこれだけ

でも、そんな子がいるのか?

今までも、現在もいます

当塾には

そういう子って、間違いなく伸びます

それに笑顔を見せる子というのは間違いなく芯が強い

怖い顔をした子が強いんじゃない

笑顔で対応できる子が強い

自分にゆるぎない何かを持っているんだと思います

それは自信かもしれないし、余裕かもしれないし、何か他の物かもしれない

ニタニタするんじゃない笑顔

笑ってごまかす人はたくさんいるんですけどね・・・・

こちらが幸せな気分にさせるのが役目なんでしょうけど

そういった子にはこちらが幸せな気分にさせられます

自分というものを持っているんでしょうね

素晴らしいと思います

やはり、基本となる部分は家庭で作られるんだなあと感じます

当塾ではしませんが、都会の大手の塾などでは親が同じ勉強をして子どもたちと一緒に復習したり、心構えを保護者の方たちに指導するんだそうです。ほぼ毎回

それがいい方法かどうかは判断の分かれるところだと思いますが

それは、やはり家庭が一番の基本であるということの表れだと思います

子供は鏡ですね

そして親は子の鑑

仲良しクラブ

なんだか気持ち悪い

結果としてそうなるなら問題はない

けれど、その言葉が最初にあるのって・・・・・

そういう意味において当塾は仲良しクラブじゃない

当たり前だろうって?

そうなんだけど、どうも勘違いしている方がいらっしゃる

まずは勉強しに来てほしい

当たり前なんですが

指導力で勝負しています

当たり前なんでしょうけど

 

いろんなことが起こっている

新聞、テレビ、ネット

いずれを見ても、聞いてもいろんなことが起こっている

その中で、一般に関係があることよりも

正直どうでもいいことのほうが大々的に報じられている

作為的なものがあるのか

それとも社会が知りたいと思うニュースはそっちだと思っているのか

んんんんんん・・・・・・・・・雑感

”どうにもならないことなんてどうにでもなっていいこと”

と歌ったアーティストがいたが

そうかもしれない

それでは対偶で

”どうにでもなってよくないことはどうにかなる”

なんでも積極的っていうのはある意味つらいことかもしれない

けれど、その精神で頑張るというのは大切なてことじゃないかな

なんてことを考える祭日

表現の仕方は好みがあるだろうが

少しだけでもいい方向に頑張るという気持ちは持ち続けたい

後退はできる限りしたくない・・・・・なあ

さあ、なんかしようか!

 

アベレージ

平均と意味することもある

この不確かな言葉は時折人を惑わす

これを基準に安心を感じる

「偏差値」これはそれよりも少し確かな基準

これもまた、奇妙な安心感を与える

正直、どちらの数字も

おおーーーーーーーまかな判断しかもたらさない

と思っている

母集団によるでしょう

だから

でも、ずっと長い間それは子供たちをだまし続けている

と、そこまで言うと言い過ぎか

でも、不確かなのに信じる度合いが大きいと

いろいろと問題が生じるのも確か

やはり、情報は大事だと・・・

そういえば、この国はアベレージが好きな人種だと世界でジョークの種にされているようだ

だから、平和なのかもしれない・・・・・かな