どうも昨今は・・・

努力という言葉がネガティヴにつかわっれているような気がする

スマートに

楽に

簡単に

お気軽に

誰でも

なんて言葉がもてはやされているような・・・

はじめに断っておくが

だからといって軍隊式というのを評価するつもりは毛頭ない

皆そろって同じ方向を向き

理由もなしに動き回るなんていうのは

ゾッとする

なんびとも努力なしに何かを成し遂げることはないのだと信じたい

いやいや、あるよ努力なんてしくても

そういった輩のためにツキという言葉はある

言葉というのは一度流行ると魂を持ってしまう

ブラック企業とか

詰め込み式はなんちゃらとか

勝ち組とか負け組とか

なんとかハラとか

それらの中には弱者を守るという意味では功を奏しているようだ

一方、清潔で小ぎれいを気取った生活環境が息苦しくさせているということもある

あるいは逃げ口上に使われる場合も同じくらいあるような気がする

さて、話を元に戻す

努力ってそんなに

つらくて

暗くて

無意味で

いやな

ものなんでしょうか

だからといって

それを逆手にとって

がんばれば大谷のようになれるとか柴崎のようになれるとか(敬称略)

いう輩も同様に眉唾ものだ

夢を語るなら

なぞるのではなく

新しい到達点を目指す方が現実的だと思う

がんばるということはそこに努力がある

努力などとは全く感じませんでした(うまくいった人間のよく言うセリフ)

努力とつらいは同意語ではない

必要な不可欠なものだといえば言い過ぎか?

当塾で長く在籍したからといって

大谷君や柴崎君のようには

ぜっっっっっったいならない

そんな才能があるなら

勉強なんかしないで

足腰でも鍛えたほうがいい

当塾で頑張ったこは

研究者になったり

医師になったり

政治家?になったり

一部上場企業に就職したり

そういった方向に向かっている子の集まり

そこで結論

努力というは何かを求める人間には必要不可欠なもの

そして

努力が100パーセント結果を生むかはわからない

やんわりいえば可能になるかもしれない確率が高くなる(くどい)

ということじゃないかな

と思っている

かなり昔の歌で

何となく批判も受けそうだが

最後までできたら聞いてみてほしい

こういうことが言いたいというのを代弁している気がする

投稿者:

zyukutyou

青森市で学習塾を経営かつ指導しています 数学ならというキャッチフレーズに恥じない結果は出していると思います 趣味のことなんかも書きたいと思ってはいますが、書きません。 と言うことで、青森、学習塾、無限塾で気にとめていただけたら・・・

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。