勉強会

中学生で一次関数が苦手だとする

それを、一日でどうにかしようなんてことはかなり困難

高校生だとベクトルだったりも同様

単元に関して言っているのではない

単元はどこでも同じ

高校数学などではそのあとに総合問題と言うのが存在する

センターは別

細分化してしまえばきりがないと思うのだが

大きく分けても、高校生の場合

1、センターで使うだけ

2、二次でも利用する

2の場合は志望校でま・・・・・・・・・ったく違う

中学の場合

9割以上が必要なのか

それとも7割程度が必要なのか

あるいはそれ以下か

それぞれの目標なのだから、いろいろあるだろう

それゆえに、練習問題の選択は難しいし

短期間でどうにかするというのは、条件による

これから行う夏の勉強会などでは高校生の場合

センター練習か、志望大学別の対策をする

中学生は志望校別に問題をかえる

普段の時間でも、生徒の理解度でその都度問題を変える

当たり前の話だと思っていたが、そうでもないらしい

中学でも高校でも30点ほどの理解力の人間と

90点以上の理解力をもつ人間が同時に、同じ問題を練習するのは

私自身の理解を超える

考える時間の大切さを重視している普段の授業同様、勉強会でも重視する

ただ、周りと多少競い合うのはいい刺激になるとも思っている

自分の理解力の程度が比べられるから

いずれにしても、ただ講義を聴いているだけの授業は他の教科ならいざ知らず

数学はね

たまには

今日は休みだから・・・というわけでもないのですが

好きなもののひとつに関して

「落語」

語り手によっては落語家、噺家と自らを仕分けしているようですが

そのことに関して、今はともかく

多分、中学の頃からテープに録音して聴いていた

その頃のテープは残っていないので、何を聴いていたか

今となっては自分のことながらわずかに興味がある

で、

好きな落語家というのがいて、現存している方はいないのだが

古今亭志ん朝

立川談志

桂枝雀

桂米朝

等がいる

ちなみに私の中では順不同である

なぜ落語が好きかと言われれば

話がきちんとできあがっている

語り手の話術

・・・・・

いろいろある

今でも寝るときにかけっぱなしでBG落語にすることが多い

長い時間をかけて修行して舞台に上がる

その噺も幾度も客にかけて自分のものに少しずつしていく

ちなみに、題目を覚えるのは師匠からの口伝だそうだ

目の前で師匠が何度か語ってくれる

それをじっと見て学ぶのだそうだ

やがて自分の十八番(おはこ)ができあがる

立川談志などは襦袢に自分のおはこを書き連ねていた

長いものなら一時間を超える彼らの語り口は

同じ題目を同じ場所で笑えてしまう

天才芸、いや技術の賜物

本来は生の舞台を見た方がいいのだろうが

今となってはそれもかなわない

多分、間がすべてなのだろうと思う

それだけではないかもいしれないが・・・・

古典芸能と言う表現にしてしまうのが嫌で

私としては現在でも続いて欲しい芸能だと思っている

いわゆる、クラシック(classic)WBCと同じ意味ならいいのだが

昨今ではテレビ等では15分程度でしか流れない

ラジオでも同様

これでは、よさがわからない

現在、テレビ等で重鎮と言われるコメディアンのipodには

たいてい落語が入っているそうだ

そして、そんな方々の語りは確かに面白い

もちろん、ほかにもすきな落語家は多数いる

本来なら、じっくりと一人一人のねたに関しても知って欲しい

が・・・・・・

もし、機会があるなら楽しんでみてほしい

一流の話芸を

他のいろいろなものと同じように落語だから皆素晴らしいというわけではない

その点に関しては何でも同じか

 

 

 

gray

これではない

灰色

んんんんん、その表現ってあまり良くないイメージが

あいつはグレーだなんて刑事ドラマではほぼ犯人だったり・・・

だから、やはりグレー

いつの頃からか、もしかしたらそもそもそうだったのか

グレーなことが多い

それを非難するつもりなど毛頭ない

ただ、試験だけはグレーじゃない

○○でもオーケーとか論文とか推薦は別として

筆記試験はblack or white

これでもない

かなりグレーな部分があった方だが・・・・

筆記試験は白黒つけなきゃならない

なんで、筆記試験だけ

などと嘆いてもどうしようもない

そう、どうしようもないんだ

だから、それに見合った努力をする

それだけのこと

そこにまで、グレーをもちこむからおかしなことになる

なんとなく黒板を板書する

宿題を写す

ノートが埋まる

プリントが溜まる

ああ、勉強した・・・・・気になる

これが、それ

した気になるじゃなくて、しなきゃ

その都度しっかりと理解して、後回しにしない

これって、けっこう大事なこと

受験勉強にはね

 

35から80強まで

この数字は何なのか

うちに通っている(いた)人ならばわかると思うのですが

偏差値です

全部受け入れます

というのが当塾です

何年かよっても35というのはありませんし

70、80を目指すひとも受け入れます

もちろん何のテストの偏差値かということにもありますが

何でもです

その数字よりもやる気のほうが大事

50、60の人へ

自分が思っているほど学力はないよ。満足するな

30,40の人へまだまだ捨てたもんじゃないよ

まあ、いろんな子たちを今まで観てきました

これからもそうでしょう

やる気それが全てかも

それがある子はどんな状態からでも時間をかければ一流大学でも入れます

やるきがない、ごまかし続けるのは・・・・

まあ、それも自分の勝手だろうと言われればそれまでなんですが

無理が通れば道理が引っ込む

よく言ったもので

社会ってこうやってできてるんだと

あらためて感じることが多い

だから、面白いのか

だから、辛いのか

だから、この社会は素晴らしいのか

それもよくわからない

個人ではどうにもできないことだから

素晴らしいということにしておく

け・れ・ど

そんなことにならないことに時間を費やせるのは

幸せだと感じている

ニュース、ニューズ

新聞を読むのが一番いい

リーディングの早さも身に付くし多様性がある

ネットでという方法もあるが、それはもっと知識が付いてからでもいい

テレビでもいいかも

ただ、言葉が平易になって表現している気がする

一石二鳥を望むなら新聞がいいかと

その歴史とか前後を知りたいならネットがいい

もちろん新聞だって同じ記事が新聞社によって違うわけだから

鵜呑みにするのはいかがか

もし、詳しく知りたいなら本を読めばいい

メディアの規模が小さいほど真実に近いことを表現している

というのは当たり前の話で

胡散臭い情報もたくさん混じるネットなんかは判断が難しい

特に子供たちには

まあ、世の中の中心で動く人間に読書をしない人はいない

逆は真ではないが

そんなこと知ってても、何にもならない

なんて考え方も否定はしない

だって、それでも生活には支障はないようだから

でも、一つの楽しみを失うことにはならないか

タブレットで本を読めばいいなんて言うのもちょっと

なぜか?

かなり書籍が制限されているから

けれど、本は高い

考え方にもよるがこづかいで買うには子供たちには

無理がある部分も

だから、図書館がある

学校にもあるだろうし、足を延ばせば市民とか県民とかがある

古本屋だってある

家の中を眺めてみて本があればいい環境

少なければ残念かな

こんな意見はあくまでも勉学を志す子供たちに向けての話で

読書したから立派な人間になるなんてのは偽だ

こんなに平等に知識を得られる権利を放棄するはいかがなものか

なんてことも考える

読書タイム・・・・・・笑止千万

それでも時間は過ぎていく

勝てない相手に挑む姿は感動を呼ぶらしい

感動を与えるために努力している中高生は美しい・・・・のか

勉強は他人に感動を与えない

少なくとも受験勉強は・・・・

昨夜の錦織の試合はすごかった

多くの努力と、犠牲のもとに成り立つ素晴らしい試合

伴う才能

勉強は少なくとも受験勉強は才能がいらない

頑張っている皆にエールを送りたい

頑張っていない人には頑張るようになれるようにエールを送る

話は変わって

数学の話ですが、基本はしっかりやってほしい

せめて青チャート程度は、少なくとも例題は

またまた話は変わって

コーエン兄弟の映画ってどこかおもしろい

「天才たちの日課」と言う本を読んでいるのだが

お勧めかな

「人間がしっていることすべての短い歴史」

題名は謙虚なのか尊大なのか

ずっと以前に読んだものだがたまたま目に入った

「怪奇文学大山脈」、これは個人的趣味で面白かった

多分今日読み始める「ロジックの世界」

ちょっと根性が必要そうな「掟破りの数学」、これは近々

「進化の存在証明」この人の本は外さない

そうだ、久しぶりにガルシア・マルケスでも読もうか

それとも・・・・・

ところでMERSは大丈夫か、天災は

そうだ「解明される意識」という本も読んだ・・・難解

量子コンピューターって

そもそも量子って・・・・

そう言えば、今やっているような受験数学なんて何百年も前に考えられたこと

初めの人はやはり偉大だ

知りたいこと、読みたい本、観たい映画、・・・・たくさんある

これが、私の一端です

 

過ち

場合にもよるが、それほど困った状況ではないのかも

気づいたときにやり直すか、修正するか

その勇気とやる気があればいいのだと思う

年齢なんか関係ないしもちろん性別だって関係ない

やり直すことにとやかくいう外野は無視するに限る

ただ、もちろんだが、過ちを犯さないようにするのがいいのだろうが

なかなか難しい

さあ、そこでくじけても立ち直るような思考を鍛えるべきかも

転ばぬ先の杖なんてことわざもあるが・・・・

勘違いしないで欲しいのは

初めから誤っていると分かっている道を進んでいる人は問題外ね

知っている限り、出し惜しみすることなく

大人は指導するべきじゃないかな

知らないことは知らないとはっきり口にできる勇気をもつのは大人

嘘をついてまで「頑張れ」と鼓舞するような人間にはなりたくない

 

偶然も三度続けば・・・

なんていいます

先日偶然が何度か重なって入った喫茶店?

でいいことがありました

個人的な好みの話でなんですが

珈琲が好きな自分としましては、最近外で飲む珈琲に満足することは

なかったんです

その例を書けば問題になるので・・・・

ホントに偶然入ったお店はアメリカンな雰囲気で

ジャズがかかっていて、お客で混んでいました

そのために、珈琲を飲むにも多少の時間がかかって・・・

けれど、待たされて出てきた珈琲の一口目

「美味」

待つのが極端に嫌いなことで知人には知れ渡っている私ですが

ここで、次に頼んだメニュウ―を待つ気になりました

それも

「美味」

満足感いっぱいで、お店の方に話しかけてしまいました

「おいしかったです。全部」

まあ、そんな感じで

思いがけず、幸福感に浸ることができました

お店の方に話しによれば

珈琲は自家焙煎で、ハンバーグも、パスタも、もちろんソースも自家製

自家製だからと言ってうまいわけではない

そこは、大きな例外でした

どこでも同じ味、自家製を語った、レトルトなんてものが多い中で

見習わなければという思い

そして、そうであると自負しています

手前みそですが

ティっピングポイントになればと常々思っています

だから、同好の士に出会った感じがして

うれしかったのかもしれません

これからも、そういった点において意思を貫きたいと

改めて思いました

熱い胸さわぎ

これ、中学の時衝撃を受けました

もっとたくさんあります

これなんかも

そんな場所になればいいと思っています

選択肢

いろんな選択肢がある中でどれを選ぶか?

選ばなくてもいい、なんでもやってみれば

そんな考え方もあるだろうと思う

そして、そんな時間の過ごし方をしている人が最も多い

目標がなんなのかを探し求めている人もいるだろう

理想はあれもこれもとなるかもしれない

んんんんんん・・・・・・・・

何かに限ったことではなく夢多き若い世代こそ目標に突っ走ったほうが・・・・

年齢を重ねればそんなことができなくなる

・・・・・断言はむずかしいけど

一つのゴールを目指す努力は他の道にも通じるんじゃないかな

でも、ゴールのない中途半端な努力は・・・・

ただ、なんとなく・・・なんていうのは目標以外で