夏のはしり

そんな一日

実際の気温よりも

体感で夏の気配がした

体育祭も行われるようだ

普通が戻ってきたかもしれない

一番遅れているのは

おそらく意識というやつ

とらえどころのない意識というやつ

意識が高い

意識がない

・・・

でもこの言葉を使おう

意識だけがまだおびえている

あるいは遅れている

あるいは退化した

そんな意識がまだ動いていない

と感じる

まさかこのままということもないだろう

あっ

室内でも話をしないならマスクはいらないということになったらしい

ゆえに

マスクは外しません

 

書かない勉強には疑問しかない

ある教師の話によれば

板書したものを書き写すことができない子が増えたことが原因

でも

どうなんだろう

それって

・・・・

どうなんだろう

すでに

同じ場所で勉強することが無理になっているのでは

教育というのは

子供に近づくのではなく

引き上げるのが本筋だと思う

古いとか新しいとかという論議ではない

やらなければならないことはやらねばならない

おかしなことが正論になっている恐怖

それを感じている

 

学年や年齢にとらわれるのって

おかしいと思うんですよ

そんな時代はすでに終焉

別に早いことだけを謳っているわけではなくて

6歳じゃなくても8っ歳から小学校というのもありかと

中学三年を四年で終えるというのも

いずれはどうにかなる個人差というのは

子供の頃は特に顕著だと思うんです

遅いからとか早いから

などという差異を差別しなければいいだけの話で

そこいらに寛容が必要だと思うんです

中学生がオリンピックで勝つ時代

勉強だけ年齢通りというのは

やはり無理が生じていると考えます

当塾ではその辺は気にせず進めます

コースにもよりますが

呪縛とか同調圧力にとらわれないことを

応援しています

なぜそうするのか?

特にこれは高校数学からは考えることをお勧めする

地域的?

レベル的?

には小学生。中学生でも必要な場合がある

もちろん

そのころから習慣にしておけば

高校数学に戸惑うことも少なくなるのだろうが

・・・・

いろいろあるが

ここでは高校生からそのようなものに触れることは多いだろうから

それなりの

勉強改革は必要なわけで

それまでと同じように学習していてはとん挫するのが

火を見るより明らか

現実に対峙している人は

考えてみてほしい

どこかで

不幸な出来事が続いている

人々に夢を与えているスーパースターが活躍している

自分の夢に向かって準備している

そんな今

自分のできることをひたすら進める

それは楽しいことに違いない

そしてそれは過去も子らからも変わらぬことに違いない

必要は

発明の母

なんて言葉がある

やはり必要性を考えることは大事

なのだと感じる

必要も感じないのに勉強なんてするわけがない

などというと

暴言に聞こえるかもしれないが

外れてはいないだろう

いくら周りが大事を唱えたところで

本人がどう思うかというところが

大きな影響を及ぼすのはご存じの通りだ

そんなことを考えずとも

やる子はやるのだが

おそらく

それは少数派

まあ

もしも勉強させたいのであれば

その必要性を説くというのも

一つの方法かもしれない

週末天気が崩れるのが今年

と感じている

日記をつけているわけではないので

記憶だけだが

あの雪から

天気か崩れるのは週末というのが多かったと思う

今週もまたそのような予報

さて

よく思うことがあるのだが

多数の益が勝るというのは

疑問がある

というは・・・・

難しい話になるので

表現力に乏しい自分は

ここではやめておく

ある意味マイノリティに属する子たちの応援します

彼らにとって

取り巻く環境は

あまりにも残念だ

から